酒本ひろつぐの音楽ルーツ旅「フュージョン編」

過去のルーツ旅

幼少期編」「小学生編」「中学入学編」「中学ブラバン課題曲編」「中学ブラバン自由曲編」「中学ブラバンポップス編

吹奏楽にどっぷりハマってた中学時代。吹奏楽の定番はニューサウンズインブラスという一年に一度吹奏楽のために提供されるポップス曲集をやってるバンドがほとんど。ぼくの学校もそうでした。

ポップス編でも最後に書きましたが、そのニューサウンズの曲のなかにはT-SQUAREの曲が多かったんです。そこから元の曲を聞いてみたいという興味がでてこのバンドに出会いました。

トゥルースが多分初めて聞いた曲(これもポップス編にて)で、このころ日本のロックバンドやポップス系バンドも同時に聞いてたため、歌のないインストでメロディを聞かすこのバンドはとっても衝撃的でした。とにかくおしゃれに感じたし、かっこ良くなりたい!!もてたい!!!って思ってた自分(実際は…)はこれは音楽でモテる!って思ったりして。そんなおしゃれな曲の一つがこちら「宝島」

これも吹奏楽でやったのがきっかけで元をたどってSQUAREだと気づいた曲でした。いい曲だなぁ。当時はアドリブなんてものはまったく知らないので「この譜面難しそうだなぁ」って思ってた(笑)伊藤たけしさんの吹いてるEWIにも憧れたなぁ。

そして吹奏楽からまたこの名曲を知るのです。「Omens of Love」。

プロになってからのぼくしか知らない人は「えっ?路線全然ちゃうやん」ってなるかもしれませんが、ホントに大好きでした。今聞いても好きって言えますね。今でもたまにアマチュアバンドでこの手の曲やってたらめっちゃテンション上がりますもの。ぼくもやりたいってね(笑)

で、これもまた好きな曲ありすぎるので、先進まないからここでショートカット。

このときいわゆるフュージョンと言われてたもの聞くようになるのです。当時はテレビ番組やCMなどでこのような曲がたくさん流れてました。そして気になったら調べて買ったりしてました。今みたくネットで検索したらすぐ解決ってのはなくて、友達に聞いたりCD屋さんに聞いたり、言葉で説明できないときはテレビの音を録音したり。しかも今ならテレビとラジカセをつないで録音とかすぐわかるけど、このときはぜんっぜんわかんなかったんでテレビのスピーカーにカセットレコーダー近づけて録音してた(恥)でもこれで通じたりしたんだなぁ。苫小牧のウエスト(ぼくの年代の苫小牧の人はみんなここでCD買ったことあるはず)でこんなことしてました(笑)

そしてこれはSQUAREなんだろうなと思って実は違って新しいバンドに出会ったのがCASIOPEAでした。また違った魅力があってチョーかっこよかった。CASIOPEAといえばこれって曲「ASAYAKE」はぼくも大好き♪

こういった音楽を知ったことで音楽の幅が広がったことは間違いないです。そして吹奏楽の音楽以外もたくさん聞くようになり、いろんな楽器に興味を持ったのも中学時代の思い出でぼくの今の音楽にも役立っています。基本「この楽器やったらモテるかも」っていう感じでしたが(笑)実際は…………。

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酒本ひろつぐの音楽ルーツ旅「中学ブラバンポップス編」

吹奏楽部は市のいろんなイベントに出たりするんですが、そこでやる曲もまたいっぱい吹いたからすごい印象に残ってます。思えばこういうのを通じて吹奏楽以外の音楽にも触れることができて、音楽そのものを好きになってるんだなぁと思うわけです。

うちの学校でとにかく演奏してたのは「ロックンロールメドレー」。

顧問の先生はなんともおかしなテンションの方だったんで(笑)、ニコニコ踊りながら指揮振ってた(笑)。ぼくはプレスリーとかよりもこっちからロックンロールを知りました(照)

そして今でも続編が出てるという名メドレー「アメリカングラフィティ」。

この曲は好きだったなぁ。吹くのが好きというよりは他の楽器がそれぞれ活躍する場面があって、それを楽しんでた気がします。チューバの「ミスターベースマン」いいね!いつも聞くたびにテンション上がってたなぁ。この動画見つけて久々に聞きましたが、やっぱすんごい懐かしいしすごい譜面覚えてる。絶対今でも楽譜なしでも演奏できるわ(笑)うん、このようなアメリカンオールディーズポップもこの曲から知りました(汗)。

上記のメドレー2つは当時は元々ある曲がなんだとか全然考えてませんでした。吹奏楽でやってて原曲も知ってたのがこの曲「トゥルース」。

今聞くと吹奏楽だと…ってのはありますが、当時F1が大好きでそのテーマ曲を自分も演奏できることが嬉しかった気がします。

そしてその原曲を演奏してるバンド「T-SQUARE」に出会いました。

クラシック、吹奏楽、Jポップしか知らなかった当時のぼくには相当衝撃的なサウンドで、そのハマりっぷりは高校生以降も続くのです。
そのときはアドリブの存在をまだ知らないので、ソロを含めてああいう譜面があるって思ってたんだなぁ…。

で、原曲はこんな感じ。しかも当時見てたときのF1のオープニング映像付きのがあるやないかー!興奮するー!

映像と合わせてみるとこの曲のかっこよさが倍増する!!セナ!プロスト!!マンセル!!!ピケ!!!!すいません、音楽から離れちゃいました…(笑)
と、いうことで中学ブラバン編終わり!一般的にはマニアック過ぎた(笑)

次はその「T-SQUARE」編で書いちゃおっかな。
ちょっっっっとずつジャズに近づいて…ますか?(笑)

酒本ひろつぐの音楽ルーツ旅「中学ブラバン自由曲編」

「幼少期編」https://saketrombone.wordpress.com/2010/07/16/sakeroots1/
「小学生編」https://saketrombone.wordpress.com/2010/07/16/sakeroots2/
「中学入学編」https://saketrombone.wordpress.com/2010/07/16/sakeroots3/
「中学ブラバン課題曲編」https://saketrombone.wordpress.com/2010/08/02/sakeroots4/

自由曲というのは課題曲よりも思い入れが強かった。やはり難易度からいっても練習をすごくしたっていうのもあるんでしょうね。

中1のときの自由曲はRex Mitchell作曲の「大草原の歌」という曲。

この曲は今でも好きだー。なんか、燃えませんか?前半戦の壮大な大地をイメージさせる中にも緊張感まで想像させる感じ。そして大草原を駆け抜けるようなアップテンポ。しびれるー。

このときのぼくはコンクールに出れるほど楽器が吹けなかったんで、合奏とかを聞いて「かっこいい!!」と思いながら廊下(最初のうちは教室にも入れてくれなかったから…)でこの曲を基礎もないのに何回も練習してたなぁ。とくに3:16くらいの早いフレーズね。憧れましたね。そして5:09くらいからのトランペットと同じ動きでのユーフォ(ぼくが吹いてた楽器)の壮大な響き!!たまんないです。でもそんな響きはぜんっぜん出せませんでしたが(笑)

中2になってからは教室で練習もでき本格的に曲とかも練習してましたが、同じ楽器の先輩が2人いたので追い抜くくらいの気持ちでやんなきゃコンクール出れないなぁと気合い入れてました。でも正直「先輩優先で出れないのかなぁ」とも…。しかーし、先輩が2人ともやめちゃうという非常事態でそんなこと言ってる場合じゃなくなった。しかもそんなときに限ってユーフォのソロがある自由曲でした。アレフレッド・リードの「春の猟犬」。

吹奏楽の魅力を最大限に出す作曲家リードさんの曲との出会いです。この人天才ですね。クラシックの伝統にジャズや民族音楽などいろいろな要素を取り入れて自分の音楽を作っています。

リードさんの曲はユーフォとホルンがとにかくおいしいところでバシッと出てくるのも特徴の一つです。……そう、そこで上記の非常事態がどれだけのことかおわかりいただけるでしょうか。他パートの先輩たちに励まされるわ怒られるわで支えられてこの曲を演奏。ぼくの音楽に影響を間違えなく与えてると思います。8:00くらいからがとても短いですが重要なユーフォソロ。き、緊張しましたよ。ていうか、この動画も最初の音がミスっちゃてますね。うん、気持ちわかるよ(笑)

この年はな、なんと全道大会まで行き、札幌演奏デビューを果たすのでありました。き、緊張したぁ…。

中学最後の一年は部長という立場になぜかいました。素行が悪く危うく部長どころか部活すらいれなくなりそうなときもありましたが…最高に楽しくて、最高なメンバーと演奏できた中3時代だった気がします。その年の自由曲はリードの「アルメニアンダンス パート1」。

まず曲が素晴らしすぎる。リード作曲のもう一つの特徴はサックスを上手に使っていることですねぇ。オケでは出ないサウンドを出してる。この人の曲に出会えて音楽がますます好きになったし、今の自分の音楽の一部になってる気がします。感情に訴える曲が今でも好きなんですねぇ。この曲聞くと今でもグッとこみ上げるものがあります。

この曲はぼくの頑張りどころがいきなり0:41にやってくる。さすがリード!でも中2のコンクールの出方があんなのだったんで、前年よりはいい気持ちで演奏できた気がします♪そして7:20からのユーフォらしい壮大なメロディ。やっぱ好きな楽器だー。さらには8:59からの緊張感のあるライン。この曲を聞くといろんな思い出がよぎります。

次はブラバンポップス編…をちょっとずつ書きためていこうと思います。引き続き期待しないでお待ちください(笑)

酒本ひろつぐの音楽ルーツ旅「中学ブラバン課題曲編」

「幼少期編」https://saketrombone.wordpress.com/2010/07/16/sakeroots1/
「小学生編」https://saketrombone.wordpress.com/2010/07/16/sakeroots2/
「中学入学編」https://saketrombone.wordpress.com/2010/07/16/sakeroots3/

ぼくが通ってた中学校の吹奏楽部は部員数が多く、コンクールにも毎年出場していました。吹奏楽のコンクールではバンドの人数によって多い順からA-B-C編成というように分けられていてぼくの母校はA編成でした。

A編成だけ課題曲と自由曲と2曲演奏することになってて、課題曲は4曲の中から1曲選んでの演奏。クラシカルで叙情的な曲から軽快なマーチまでいろいろあるんですが、母校は3年間マーチを選曲してました。マーチってぼくが吹いてたユーフォニウムという楽器が引き立つシーンがあって好きでした。しかもメインを張るんじゃなくて、裏メロディを歌い上げる、そんなおいしい楽器だったんですよ。この歌い上げるって感じは現在のぼくのプレイでも大切にしてる部分です。

中学一年生のときの課題曲はこんな曲!!「清くあれ、爽やかなれ」

中学二年生のときはこんな曲!!「マリーンシティ」

このころの課題曲のマーチって展開がだいたい同じ。一回目のメロディが入り、そして二回目にユーフォニウムにおいしい裏メロディがくるんです♪(0:30くらいからの部分)この曲はほとんどメロディを吹けるような作曲だったんですごい練習したし大好きでした!

そして中学三年生のときはこんな曲!!「そよ風のマーチ」

はい、課題曲の構成はわかってきましたか?0:22くらいからがユーフォニウムのおいしいところです(笑)中三のときは部長をやってたってこともあり(全然働いてなかったけど)課題曲もやっぱり一番覚えてるなぁ。この曲を聞いてるとこの時代のいろんなことを思い出します。一番活動的だったし、いいことも悪いことも全部やっちゃってたかも(笑)なんせメッチャ荒れてた中学校だったし、ぼくの学年が一番ひどかったみたいだし(汗)でもホントに楽しかったし、吹奏楽部に入ったことでぼくに音楽の道が開けたことはかけがえのない財産だと思ってます。

おまけ

イベントでの演奏のときにぼくの中学校がよくやってた曲です。これもぼくが小学生のときの課題曲だったんですねぇ。楽しい曲だ。「カーニバルのマーチ」吹きたい!!!

そして「自由曲編」を…書く…予定は未定。

酒本ひろつぐの音楽ルーツ旅「中学入学編」

小学生まで振り返ったルーツ旅。中学生になって音楽に広く触れることになったので、いくつかに分けて書きためようと思います。

小学生はスピードスケート少年だったんで自分で音楽を作るなんて考えもしなかったです。中学に入り転機がやってきました。 小学生のとき図書委員みたいのをやってて、中学校へ行くとそのとき一緒に図書委員してた一つ上の先輩に声をかけられました。 「吹奏楽部に入んないか?」 スケートは好きだったんで続けようと思ったんですが、実は中学に入る前に膝を痛めてしまったので、正直部活とかなにもやらないで自由にやってこうなんて思ってました。なのでこの誘いにぼくは戸惑ったのをうっすらですが覚えてます。 まっ、なにも決めてないし見学だけでもってことで音楽室へ。希望楽器を聞かれたので、第一希望「トランペット」、第二希望「トロンボーン」、第三希望…なんだったか忘れた…。 てな感じで順番に吹かせてもらいました。 トランペットは人気楽器のため、結局人数漏れ。 トロンボーンは、成長期が遅くて当時は前から2番目くらいの背丈しかなく、体格の都合でダメと言われ、第三希望の楽器もだめって言われたのだけ記憶がある。 で、結局一つ上の先輩がやってた楽器を吹けということに無理矢理丸め込まれて「ユーフォニウム」という楽器(チューバの一回り小さくしたようなやつ)になってしばらく体験してました。 この楽器、あまりメジャーじゃないですが吹奏楽の世界では結構おいしいメロディがもらえたり、いい音色だったりで、だんだん楽器を吹くことが楽しくなってきてしまったわけです。

酒本ひろつぐ、ここで音楽を作る側になりました。

とはいえ音は全然出ない。ていうか、当時吹奏楽も妙な体育会系なところがあり、毎日腹筋50回とマウスピースだけで30秒音を出し続けれないと楽器を与えてくれなかったんですよ。なんでやねん!!!って思ってましたが、必死に吹いてなんとかクリア♪念願の楽器を与えられました。 あとはひたすら基礎練習やら楽譜を読む練習、そして腹筋(笑)、そんな日々のなか先輩たちの奏でる曲を聞いて、早く吹けるようになりたい!そう思うようになったのでした。 なんせオーケストラに入ってる先輩方がとにかくかっこよく見えた!! だから合奏とかでやってた曲とか、自分もすごく演奏したいと思いましたし強烈に今でもそのいくつかの曲を覚えています。

そんな吹奏楽編はまだまだ続く…かどうかはわかりません(笑)

酒本ひろつぐの音楽ルーツ旅「小学生編」

さて、第二弾は小学生時代を頑張って思い出し、ぼくに影響を与えた音楽を考えてみたいと思います。

小学生のときにちっちゃいカセットデッキを与えられたんで、それで音楽を聞いてましたね。まだ自分では買えなかったですが、徐々に自分の意思で音楽を聞くようになりました。 そんとき聞いて印象に残ってるのは…光GENJI(笑) 小学時代はスピードスケート少年団にいて、橋本○子さんや岡崎朋○さんとかと練習の日々だったんです。 夏はローラースケートで練習してて、よく光GENJIの真似事をしてたから妙に覚えてる。…ぼくの音楽に影響与えたのかなぁ…(笑)今見ても若干ですが振り付け覚えてました(照)

さっ、気を取り直して…(笑)、小学時代はスピードスケートの他にもうひとつのめり込んだのがありました。「ファミコン」です。 ほんっとにアホみたくファミコンやってました。だからこそ「ゲーム音楽」は今でも鮮明に覚えてるし、純粋にカッコイイ!と思ってました。リコーダーでいろいろとゲーム音楽をテキトーに吹いて遊んでた記憶があります。この頃からぼく、耳コピーしてたんですね。今考えるとこのときには音楽が好きになってたのかなって思います。 とくに印象に残っててこの文を書いてて最初に口ずさんだのは…マッピー!!

今聞いてもかっこいいなぁ。このころはジャズなんてものは全く知らなかったですが、この曲ジャズを絶対知ってる人が作ってると思う。ファミコン音楽のすごいところはこの時代の技術で音が3声しかだせないこと。それなのにすごくクオリティが高くて耳になじむ。当時の技術者ってこの条件でいい音楽を作るのにそうとう知恵を絞ったんだろうなぁ。素晴らしい!!

他にもいくつかありますが、次に耳に残ってるのはファミコン界の名作「スペランカー」!!

なんかよくわかんないけどノリノリでこのゲームしてましたが、たぶん音楽の影響があったのでしょう。

そして素直に一番かっこいいと思ったファミコン音楽、クリアの喜びと共にエンディングの音楽を聞いて号泣したのを覚えてます。ドラゴンクエスト3。先ほども書きましたが3声しかないなか、こんなにかっこいい曲ができるのか!!っと当時はそんなことは考えてませんでしたが、とにかく感動したことは覚えてます。

…ファミコンを熱く語りすぎた(笑)だって大好きだったもの。ファミコンコーナーは尽きないのでここで強制終了。

そんなこんなで6年生になったときにぼくの部屋にCDプレイヤーなるものがきたわけです。 ポータブルのやつで、布団の中でイヤホンして聞いてました。今じゃ千円くらいで買えちゃうけど、当時はホンットに嬉しかった記憶があります。 その中でもこのプレイヤーで初めて聞いて何回も聞いてたのが…米米クラブ。なんかすっごいかっこいいと思いました。勢いがあるっていうか。とくにこのときは「Shake Hip!」って曲をループして聞いてたなぁ。

書いたのは聞いた音楽のほんの一部ですが、なんか今聞いても全部かっこいい。小学生編終わり。 中学時代は音楽聞きまくってたから、いくつかに分けて…書く気力あるかなぁ…。

酒本ひろつぐの音楽ルーツ旅「幼少期編」

人間は音楽をまったく聞かないで人生を送るということはほぼないはず。過去の思い出は音楽とともに残っていることが多いものです。「音楽は過去を回想させるもの」ということも言えますね♪

ぼくがいまやっている音楽スタイルは突然できたわけじゃなくて、過去に聞いてきた音楽の積み重ねの結果なんだと思います。ふとそんなことを思ったときに、面白そうだからぼくの過去を音楽的に振り返ってみよっかな、なんて思っちゃったわけです。

と、言うことでいつまで続くか知りませんが、まずは幼少期のぼく~♪

幼少のかすかな記憶に残ってるのが、家族がレコードを聞いてたときです。みんなのうたやひらけポンキッキなどで子どもに聞かすような歌がぼくの印象に残ってる最初の音楽かなぁ。そのなかでも特に覚えてるのが、家にあったレコードに「およげたいやきくん」があったこと。日本音楽史上めっちゃ売れたこの曲はやはりうちにもレコードありました。 でも実は、ぼくは「およげたいやきくん」はそれほど覚えてなくて、それ以上に自然に歌ったりしてたのが、そのレコードのB面に入ってた「いっぽんでもニンジン」です。なぎら健壱さんが歌ってるやつ。

いやぁ、今聞いたら超クールですねぇ。でもなんか知らないけど大好きでした。

この頃は自分でこの曲が好きというよりは、家族が聞いてるものやテレビから流れる曲をなんとなく聞いてたんだと思いますが、そのなかでもなにかと流れていていまでも歌詞までしっかり出てくるのが寺尾聡さんの名曲「ルビーの指環」。これ、いまでもホントに好きな曲。このころから低中音が好きになったのでしょうか?(笑)そしてイントロのコードのラインにそそられる!!このころからクリシェ、カウンターラインのかっこよさを体で覚えたのか!!違うか…。こんな曲!!

いやー、ほんとかっこいい!!

そして多分幼少期で一番口ずさんでた曲はこれだと思います。 吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」

これは幼いぼくの耳にも相当衝撃的だったんだと思います。ほんと毎日歌ってたんじゃないかなぁ。 他にもいろいろありますが、特に印象的な3曲をピックアップすると、ブルース、ソウル、ラップ?そんなのに惹かれた…のかもしれませんね。 続く……かなぁ(笑)