昭和新山 三松正夫

1943年に有珠山の火山活動により、元々麦畑や集落があった土地が隆起。約二年もの間隆起し続け、1945年に海抜400m以上の山になる。

当時、この地域の郵便局町をしていた三松正夫さんが、戦時中の測量などの行為が禁止されてるにも関わらず(当時、そのような行為はスパイ行為とされてたとか。)日々隆起する山の測定を続け、世界でも類を見ない山の成長の記録を残した。

その後、三松正夫さんは貴重な火山を保護する目的と、農場や家を失った町民を助けるために、私財を投げ打って土地を全て買い取った。 なので、昭和新山は現在も三松さんの私有地。すごい財産笑。

今も三松さんのご親族が管理されてて「確かに偉いけど、もうちょっと子孫の私達にもお金残してくれればいいのに」と、テレビで言ってたのはめちゃウケた笑 でも三松正夫さん、かっこいいなぁ。

麦畑が山になるなんて想像もできないけど、あの独特のゴツゴツした赤い色がその証拠で、農場の土壌の粘土質の土が溶岩によって焼かれていわゆる天然のレンガになってるので赤いんですね。溶岩もドロッドロだったようで、下に流れ落ちることなく固まってゴツゴツの岩のようになったそうです。

昭和新山、小学校の修学旅行で行ったけどそのときはなんとも思わんかった笑
なんか、そこに人が実際住んでだと思うと、なんだか恐ろしいし、当時ホントに大変だったんだろうなと思います。

ツアー移動の暇つぶし日記でした。
行ったのは2017.11/5。

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